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選手になることは諦めたが、
スポーツで生きていくと決めた。

PROFILE

味の素株式会社

オリンピック・パラリンピック推進室
ビクトリープロジェクトグループ 

マネージャー

栗原 秀文

1999年入社。『ほんだし』や『Cook Do』の営業職として名古屋の家庭用グループに配属。2004年から2016年までアミノバイタル事業を経て、販促・マーケティングと、トップアスリートをサポートするビクトリープロジェクトに専任。日本選手団の強化スタッフとして、選手のコンディションに合わせた食事のケアなど、「食」と「栄養」の面から選手の活躍をサポートしている。

味の素で、
スポーツと生きていく。

小学校から大学まで野球を続けてきた栗原氏。子どもの頃からプロ野球選手を目指してきた。しかし、大学卒業と同時にすっぱり諦めたという。

「中途半端なレベルで社会人野球にしがみつくのは良くないと思って。でも、会社勤めにも良いイメージはなかったんですよね。ザ・サラリーマンのイメージ。言われたことを最大限にやる存在。会社の歯車になるんだって思ってました。そんな気持ちで入社したから1年目は全然面白くなかったし、なんの達成感もありませんでした」。

そんな栗原氏を変えたのが、幼馴染から聞いた、夢を追い続けるサラリーマンの話だった。

「そいつのお義兄さんの話なんです。ハワイで事業を起こすっていう夢を持っていて、その実現のために、商社に勤めながらビジネススキームと人脈を全力で磨いてるって。『会社なんて、自分の目標達成のために使っちゃえばいいんだよ』って言ってたって。それを聞いたとき、何かが爆発したみたいな感覚におちいったんです。『僕にとってのハワイは何だ?』って、もう自問自答。その答えがスポーツでした。人生でスポーツから離れたのは、社会人1年目の1年間だけ。やっぱりスポーツにかかわって生きていきたいって思ったんです」。

栗原氏は、味の素の社員という立場でスポーツを仕事にするにはどうしたらいいかを考えた。そしてたどり着いた答えが、アミノバイタルだった。

「次の日にはもう、行動していましたね。プロ野球12球団とか手当たり次第に電話をかけて、『栄養補助でスポーツ界に貢献したい。勉強させてください』って。週末ごとに名古屋から東京まで行って、プロ野球チームの練習を手伝ったり、アミノバイタルを選手に差し入れて効果を検証したり。交通費も差し入れも自腹ですよ。本業でも主婦向けに栄養素の勉強会を開いて、スポーツやってる子どもに必要な栄養の相談とか受けてました。入社2年目やそこらで、希望の部署に異動できるわけもないですから、自力で実績つくって報告して、とにかくアミノバイタルに関る仕事がしたいとアピールし続けました」。

想いは、目と、言葉と、
エネルギーで伝わる。

そんな想いが伝わり、栗原氏がアミノバイタルの開発・販売・マーケティングを担うスポーツニュートリション部に異動になったのが2004年。以来12年もの間、「食」と「栄養」でトップアスリートをサポートするビクトリープロジェクトを担当している。

「味の素という会社が、スポーツと栄養をリンクさせて語るようになったことこそ、『0→100』かもしれません。味の素は、美味しさを世の中に提供することで100年成長してきた会社。でも今の世の中、美味しいことは当たり前で、次の100年を美味しさの追求だけで成長していくのは不可能、代わりになるのはスポーツニュートリションだと確信していました。でも当時は、社内でそんなこと考えているのは僕だけでしたね」。

ビクトリープロジェクト自体が頓挫しそうになったことも、一時期担当を外されたこともあったという。それでも栗原氏は休日を費やしてでもビクトリープロジェクトから離れず、粘り強く必要性を説いた。



「上司や会社を動かしたいとき、権限を持っている人に直接話しに行くのが僕のポリシーですね。想いは、目と、言葉と、エネルギーで伝わる。紙の企画書やメールじゃ絶対伝わりません」。

社内の潮目が変わったのは、2009年、ナショナルトレーニングセンターの命名権取得の話が転がり込んできたとき。まさに、栗原氏がビクトリープロジェクトから外され、退職を覚悟で上司と談判している最中のことだった。味の素の名がつくナショナルトレーニングセンターで中途半端なことはできない。ここから、全社を挙げて栄養でスポーツ界に貢献する取り組みが始まった。

後輩への“ごちそう返し”。

2016年4月、栗原氏は長年籍を置いてきたスポーツニュートリション部から、グローバルコミュニケーション部に異動になった。「食」と「栄養」でアスリートをサポートすることは変わらない。対象が、日本のアスリートから世界のアスリートへと広がったのだ。

「20年、30年経っても、スポーツという切り口で「食」と「栄養」の重要性を全世界に伝え、世の中に貢献していく。自分の人生をかけられる目標の下地がついにできたという感覚です。今は、死ぬまでこの会社を通じて貢献してやる!と思っています」。

目標のスタートラインに立ったと語る栗原氏。今突き当たっている壁は、後を引き受けてくれる人材の育成だという。

「第二の栗原は絶対にめざすなって言っているんです。大切なのは、出会った人に感動してもらえるように頑張ること。人を感動させるやり方を自分でつくり上げることだと伝えています。目標のために会社を利用すると言いましたが、感謝も大きいんです。上司や先輩が僕を活かしてくれたからこそ今の自分がある。だから僕も、後輩たちに同じように接して返していきたいと思っています。先輩におごってもらったら、ごちそう返しは後輩にって、野球部の教えですね(笑)」。